東京高等裁判所 平成10年(行ケ)336号 判決 2000年3月02日
原告
ダウコーニングコーポレーション
代表者
A
訴訟代理人弁護士
宇井正一
同弁理士
B
同
C
同
D
同
E
被告
特許庁長官F
指定代理人
G
同
H
同
I
同
J
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実
第1請求
特許庁が平成9年審判第6324号事件について平成10年6月24日にした審決を取り消す。
第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「多層セラミック低温形成方法」とする特許第1,918,074号(昭和62年12月2日特許出願、平成7年4月7日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、平成9年4月18日、本件特許に係る明細書につき訂正(以下「本件訂正」という。)の審判を請求した。
特許庁は、この請求を平成9年審判第6324号事件として審理した結果、平成10年6月24日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年7月8日原告に送達された。
1 本件訂正前の本件特許の請求項2及び3の記載並びに本件訂正の内容(本件訂正により訂正(削除)を求める部分を[ ]で表示した。)
(1) 本件訂正前の本件特許の請求項2の記載
(I)(A) 水素シルセスキオキサン樹脂を溶媒で希釈し、得られる[触媒添加]希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を電子デバイスに塗布し;
(B) 該希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥させて溶媒を蒸発することにより、該電子デバイス上に水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を付着し;
(C) 該被覆された電子デバイスを、150~1000℃の温度で加熱することにより、該水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化してセラミック又はセラミック様平坦化被膜を生成することにより、電子デバイスを平坦化被膜で被覆し;
(II) 該セラミック又はセラミック様平坦化被膜に、(省略)該電子デバイス上に二層セラミック又はセラミック様被膜を得ることからなる、基体上に二層セラミック又はセラミック様被膜を形成する方法。
(2) 本件訂正前の本件特許の請求項3の記載
(A) 水素シルセスキオキサン樹脂を溶媒で希釈し、得られる希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を電子デバイスに塗布することにより、該電子デバイスを平坦化被膜で被覆し;
(B) 該希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥させて溶媒を蒸発することにより、該電子デバイス上に[触媒添加]水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を付着し;
(C) 該被覆された電子デバイスを、150~1000℃の温度で加熱することにより、該水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化して、該電子デバイス上に単一層のセラミック又はセラミック様平坦化被膜を生成することからなる、基体上に単一層のセラミック又はセラミック様平坦化被膜を形成する方法。
(3) 本件訂正事項1
本件特許請求の範囲の請求項3(以下「本件請求項3」といい、他の請求項についても同様に略称する。)及び発明の詳細な説明における「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂」(甲第5号証(特公平6-42477号公報)5欄15行、16行、14欄25、26行、19欄36行、37行の計3箇所)を、誤記の訂正を目的として、「水素シルセスキオキサン樹脂」に訂正する。
(4) 本件訂正事項2
本件請求項2における「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂」(甲第5号証4欄第12行、13行)を、誤記の訂正を目的として、「希釈水素シルセスキオキサン樹脂」に訂正する。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本件訂正事項1及び2は、いずれも特許法126条1項ただし書2号に規定する「誤記の訂正」を目的とする訂正に該当しないから、当該訂正は、これを認めることはできない旨判断した。
第3審決の取消事由
1 審決の認否
(1) 審決の理由Ⅰ(請求の要旨)、同Ⅱ(訂正拒絶の理由)及び同Ⅲ(請求人(原告)の主張)は認める。
(2) 同Ⅳ(当審(審決)の判断)のうち、審決書6頁12行ないし9頁9行は認め、その余は争う。
(3) 同Ⅴ(むすび)は争う。
2 取消事由
本件明細書の訂正事項である「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂」が「希釈水素シルセスキオキサン樹脂」の誤記であり(本件請求項2)、「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂」が「水素シルセスキオキサン樹脂」の誤記であること(本件請求項3)は一義的に明らかであるところ、審決は、本件訂正事項1及び2は、いずれも特許法126条1項ただし書2号に規定する「誤記の訂正」を目的とする訂正に該当しないと誤ってその判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本件請求項3の記載)
本件請求項3の記載自体から、本件明細書の記載が誤記であることは明白である。
ア 本件請求項3では、順に、
i)水素シルセスキオキサン樹脂を溶媒で希釈し、
ii)得られる希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を電子デバイスに塗布し、
iii)該希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥させて溶媒を蒸発させ、
iv)該電子デバイス上に触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を付着し、
v)該被覆された電子デバイスを150~1000℃に加熱することにより、
vi)該水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化して、
vii)該電子デバイス上に単一層のセラミック又はセラミック様平坦化被膜を生成する、
工程からなるが、工程iv)の前の工程i)~iii)では触媒が添加されていないので、その結果としての工程iv)では、触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜が電子デバイス上に付着することはあり得ない。
イ さらに、仮に工程iv)で「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜が電子デバイス上に付着」したとすると、次の工程vi)では「該触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化して」と続くべきであるのに、そのような記載にはなっていない。
ウ 以上によれば、工程iv)の「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜」は「水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜」の誤記であることは、本件請求項3の記載自体から明白である。
エ 仮に上記ウの誤記が明白ではないとしても、少なくとも、本件請求項3が誤記を含むことは認識される。
そして、本件請求項3を読む当業者は、本件明細書の記載等にその解決を求めるほかなく、本件明細書の記載等にその解決を求めると、後記(3)以下のとおり、本件請求項3の「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂」が「水素シルセスキオキサン樹脂」の誤記であることは、一義的に明白である。
(2) 取消事由2(本件請求項2の記載)
本件請求項2の記載においても、同様に、その記載自体から、本件明細書の記載が誤記であることは明白である。
ア 本件特許の請求項2では、順に、
i)水素シルセスキオキサン樹脂を溶媒で希釈し、
ii)得られる触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を電子デバイスに塗布し、
iii)該希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥させて溶媒を蒸発させ、
iv)該電子デバイス上に水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を付着し、
v)該被覆された電子デバイスを150 ~1000℃で加熱することにより、
vi)該水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化して、
vii)セラミック又はセラミック様平坦化被膜を生成することにより、電子デバイスを平坦化被膜で被覆する、
工程からなるが、工程ii)の前の工程i)では触媒が添加されていないので、その結果としての工程ii)では、「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」になることはあり得ないか、又は少なくとも非常に不自然である。
イ さらに、仮に工程ii)で「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」が得られたとすると、以降の工程iii)~vi)では「該触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥」(工程iii)等と続くべきであるのに、そのような記載にはなっていない。
ウ 以上によれば、工程ii)の「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」は「希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」の誤記であることは、本件請求項2の記載自体から明白である。
エ 仮に上記ウの誤記が明白ではないとしても、少なくとも、本件請求項2が誤記を含むことは認識される。
そして、本件請求項2を読む当業者は、本件明細書の記載等にその解決を求めるほかなく、本件明細書の記載等にその解決を求めると、後記(3)以下のとおり、「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」が「希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」の誤記であることは、一義的に明らかである。
(3) 取消事由3(他の請求項の記載)
本件特許の請求項1~15の共通の特徴は、前記工程i)~vii)からなる水素シルセスキオキサン樹脂溶液由来のセラミック被膜を形成する工程を含むことにある。実際、本件請求項2及び3を除いて、他の請求項では、この点において実質的な相違はない。ただ、請求項2及び3では、各1箇所に「触媒添加」という語句が含まれる点で形式的に相違しているにすぎない。
また、優先権主張の基礎出願の明細書(甲第2号証)によると、本件明細書とほとんど同じ内容であるが、本件において訂正を求めている箇所に対応する箇所(甲第2号証の米国特許出願明細書第33~36頁の請求項2,3など)では「希釈水素シルセスキオキサン樹脂」及び「水素シルセスキオキサン樹脂」と記載されている。
このような本件発明の実体、特徴からして、また、他の請求項との整合の点からして、本件請求項2の「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂」は「希釈水素シルセスキオキサン樹脂」の、本件請求項3の「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂」は「水素シルセスキオキサン樹脂」の誤記であることは明白である。
(4) 取消事由4(発明の詳細な説明の記載)
本件明細書を参照すると、本件発明は「触媒」とは無縁の発明であることが明白である。
ア 本件明細書本文中の特許請求の範囲に対応する記載
本件明細書(甲第5号証)の本文中には、本件請求項1~4,6,8~10,15に対応する記載がある。明細書本文にこのような各請求項と対応する記載を含めることは、慣用的な特許実務である。ところが、明細書本文中の本件請求項2及び3に対応する部分には、「触媒添加」なる記載は存在しない。
イ 発明の構成要件の説明部分
本件明細書(甲第5号証)では、上記アの請求項に対応する記載の後に、本件発明の各構成要件(構成要素)を詳細に説明している部分(20欄12行~23欄27行)が続き、用いる水素シルセスキオキサン樹脂の説明、その溶媒による希釈、塗布、焼成(セラミック化)などの操作の説明、第二のセラミック被膜の説明、第三のセラミック被膜の説明、発明の効果の説明などが含まれているが、「触媒」や水素シルセスキオキサン樹脂等に「触媒添加」することについては全く説明がされていない。仮に、本件請求項2及び3において「触媒添加」が必須の構成要件であるのであれば、本件明細書本文の発明の詳細な説明において、その構成要件としての「触媒」について何らかの説明がなされるはずである。
ウ 実施例の記載
本件明細書の実施例を参照しても、例1~例2で電子デバイス上に単一セラミック層を形成し、例3~例6で電子デバイス上に第二のセラミック層を形成し、例7で例1~6で形成した電子デバイス上にさらに第三のセラミック層を形成しているが、いずれの例においても触媒を添加した旨の記載はない。
(5) 取消事由5(関連発明)
ア 本件明細書(甲第5号証)とこれに関連する特願昭62-303429号(以下「関連発明」という。)の明細書(甲第10号証)とを比較すると、本件発明が「(触媒を含まない)水素シルセスキオキサン樹脂」に関し、「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂」に関するものであることがあり得ないことは明らかである。
イ 特に、関連発明(甲第10号証)の請求項3の記載を参照すると、「水素シルセスキオキサン樹脂」の溶解、塗布、乾燥及び焼成という工程を規定する場合に、樹脂溶液に触媒を添加するとすれば、触媒添加工程の記載が均衡上独立の工程として必要であること、またそのような触媒添加後の「水素シルセスキオキサン樹脂」はすべて「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂」と記載されるべきことが明らかである。
第4審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
原告主張の審決の取消事由は争う。
2 反論
(1) 取消事由1(本件請求項3の記載)について
ア 触媒添加と明記されていなくとも、工程i)の溶媒希釈工程、工程ii)の塗布工程及び工程iii)の乾燥工程のいずれかの工程中に触媒が添加され、工程iv)では、結果として触媒添加されたものを用いていることもあり得ないことではない。
イ また、原告は、仮に工程iv)で「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜が電子デバイス上に付着」したとすると、次の工程vi)では「該触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化して」と続くはずである旨主張するが、以降の工程では、触媒添加という語句を単に省略して記載したとみることができ、以降の工程に記載がないことをもって、触媒添加があり得ないとすることはできない。
ウ 本件明細書全体の記載を検討しても、「触媒添加」を積極的に否定する記載は一切見当たらない。
エ しかも、後記(4)ウのとおり、「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂」を用いても本件発明を実施することができることは明らかであり、技術的にも本件請求項3(及び2)の記載自体に矛盾は存在しない。
(2) 取消事由2(本件請求項2の記載)について
ア 本件請求項2についても、前の工程で明記されていなくとも、工程ii)において結果として触媒添加されていればよいのであって、触媒添加された溶液になることはあり得るし、前工程に記載がないからといって不自然であるとすることもできない。
イ また、原告は、仮に工程ii)で触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」が得られたとすると、以降の工程iii)~iv)では「該触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥」と続くはずである旨主張するが、以降の工程では、触媒添加という語句を単に省略して記載したとみることができ、以降の工程に記載がないことをもって、触媒添加があり得ないとすることはできない。
(3) 取消事由3(他の請求項の記載)について
原告は、本件特許の請求項1~15の共通の特徴を「水素シルセスキオキサン樹脂溶液由来のセラミック被膜を形成する工程を含むことにある」と主張しているが、本件特許の請求項1~15に記載されたものは、それぞれ独立した発明であって、共通の特徴を有する必然性がない。
また、優先権主張の基礎出願は、本件特許出願の優先権主張が認められるものか否かの判断に供されるにとどまるものであって、本件明細書に対してなされた審決とは何らの関係もないものである。
しかも、本件特許の請求項2及び3は、それ自体で明りょうであって、他の請求項と比較する必要など全くないものである。
(4) 取消事由4(発明の詳細な説明の記載)について
ア 本件明細書本文中の特許請求の範囲に対応する記載
特許明細書の発明の詳細な説明の記載と特許請求の範囲の記載とが、すべての特許明細書において一字一句対応関係で記載されているわけでもないし、一字一句対応関係で記載される必要があるとされているわけでもない。
イ 発明の構成要件の説明部分
本件明細書の発明の詳細な説明中の発明の構成要件の説明部分にも「触媒添加」の字句がみられるから、本件発明の構成として「触媒添加」される場合があり得ると解釈するのが自然である。
また、触媒について何らの説明もないことが、触媒を用いることはあり得ないという結論に直接つながるものでもない。
ウ 実施例
本件明細書(甲第5号証)の発明の詳細な説明中の実施例1には、「1971年10月26日発行のフライ(Frye)等による米国特許第3,615,272号に記載の方法により製造される水素シルセスキオキサン樹脂を含有するプレセラミック重合体・・・・」(23欄32行ないし34行)と記載されている。
そこで、上記米国特許第3,615,272号の明細書(乙第1号証)を検討すると、この特許は「水素シルセスキオキサン樹脂」を開示するものであり、そのの製造例がEXAMPLE1~8に示され、かかる水素シルセスキオキサン樹脂の使用例がEXAMPLE9及び10に示されている。そして、上記EXAMPLE10によれば、水素シルセスキオキサン樹脂に「触媒」を添加した混合物から、2種のエラストマー(第1及び第2のエラストマー)を得ている。
したがって、上記米国特許に係る「水素シルセスキオキサン樹脂」を用いる本件発明の実施例1は、明記されていなくとも、上記EXAMPLE10で用いた「触媒」を添加する態様を包含していると解釈し、さらに、本件請求項2及び3における「触媒添加」の「触媒」とは、上記米国特許に開示された触媒を意味すると解釈しても不自然ではない。
(5) 取消事由5(関連発明)について
関連発明は本件特許とは別の独立した特許に係る発明であり、審決とは関係のないものである。
理由
1 本件請求項2及び3の記載は当事者間に争いがない。
この記載よれば、本件請求項2及び3には、触媒添加の工程が明記されていないのに、触媒が添加された「希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」(本件請求項2)又は触媒が添加された「水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜」(本件請求項3)が得られたと記載されており、特許請求の範囲の記載としてやや不自然な点があり、甲第5号証(本件明細書)及び弁論の全趣旨によれば、この「触媒添加」の記載部分は誤記であった可能性も一概に否定することはできない。
2 しかしながら、特許請求の範囲の記載に誤記があるか否かは、特許権者の主観的意図にかかわらず、第三者ないし当業者との関係で客観的に判断されるべきところ、本件請求項2及び3における「触媒添加」が誤って記載されたものであり、それが削除された記載が正しいことが本件明細書に接する当業者にとって客観的かつ一義的に明らかであると認めることはできない。すなわち、
(1) 前記のとおり、「触媒添加」は、特許請求の範囲である本件請求項2及び3に記載されているものであるが、この記載部分があるからといって本件請求項2及び3全体に明白な文脈上の不明確さや矛盾があるわけではなく、特許請求の範囲に記載された事項を十分な根拠なく誤って記載されたものと解することはできない。
(2) また、本件明細書全体の記載を検討しても、「触媒添加されない水素シルセスキオキサン樹脂」との記載など「触媒添加」を積極的に否定する記載は一切見当たらないところである。
(3) さらに、水素シルセスキオキサン樹脂において、「触媒添加」したものが技術的に存在し得ないことが当業者に明らかであるとか、触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂を用いることにより本件発明の実施が技術的に不可能ないし困難であることが当業者に自明であるとする事情も認められない。
かえって、甲第5号証によれば、本件発明の実施例1で用いられている水素シルセスキオキサン樹脂は米国特許第 3,615,272号に記載の方法により製造されるものであることが認められるが(23欄31行~42行)、乙第1号証によれば、上記米国特許明細書の実施例10(5欄35行~6欄17行)において、ニッケル触媒(NiCl2)を含む水素シルセスキオキサン樹脂の存在が開示されていることが認められ、本件請求項2及び3における「触媒添加」の記載は、技術的にもその発明の詳細な説明における記載と矛盾しないことが認められる。
(4) 以上のように、本件請求項2及び3における「触媒添加」の記載が明らな誤記と解すべき技術的な理由もなく、当業者によりこの記載部分を削除した記載が正しいものと当然に理解されるということはできない。
3(1) 原告は、請求項3につき、(A)工程~(B)の前半工程では触媒が添加されていないので、その結果としての(B)後半工程では、「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜が電子デバイス上に付着」することはあり得ない旨主張する。
確かに、この記載に不自然な点があることは、前記説示のとおりであるが、触媒添加と明記されていなくとも、(A)の前半の溶媒希釈工程、(A)の後半の塗布工程及び(B)の前半の乾燥工程のいずれかの工程中に触媒が添加され、(B)の後半工程では、触媒添加されたものを用いていることもあり得ないわけではなく、上記原告の主張のように、「あり得ない」ものとまで認めることはできない。
また、原告は、仮に工程iv)で「触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜が電子デバイス上に付着」したとすると、次の工程vi)では「該触媒添加水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化して」と続くはずである旨主張するが、vi)以降の工程では、触媒添加という語句を単に省略して記載したとみることも可能であり、vi)以降の工程に「触媒添加」の記載がないことをもって、触媒添加があり得ないものと認めることはできない。
(2) 原告は、請求項2につき、(A)の後半工程の前の(A)の前半工程では触媒が添加されていないので、その結果としての(A)の後半工程では、「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」になることはあり得ないか、又は少なくとも非常に不自然である旨主張する。
確かに、この記載に不自然な点があることも、前記説示のとおりであるが、触媒添加と明記されていなくとも、(A)の後半工程までに触媒添加されたものを用いていることもあり得ないわけではなく、上記原告の主張のように、「あり得ない」ものとまで認めることはできない。
また、原告は、仮に(A)の後半工程で「触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液」が得られたとすると、以降の(B)工程では「該触媒添加希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥」と続くはずである旨主張するが、(B)以降の工程では、触媒添加という語句を単に省略して記載したとみることも可能であり、(B)以降の工程に「触媒添加」の記載がないことをもって、触媒添加があり得ないものと認めることはできない。
(3) 原告は、本件特許の請求項1~15の共通の特徴を水素シルセスキオキサン樹脂溶液由来のセラミック被膜を形成する工程を含むことにあり、本件発明の実体、特徴からして、また、他の請求項との整合の点からして、正しい記載が「触媒添加」のない記載であることは明らかである旨主張するが、本件特許の請求項1~15に記載されたものは、それぞれ独立した発明であり、しかも、本件請求項2及び3に記載の発明を「触媒添加」のないものと理解しなければ当時の併合要件(昭和62年法律第27号による改正前の特許法37条)を満たさないものとも認められないから、原告の上記主張は理由がない。
(4)ア 原告は、本件明細書(甲第5号証)の本文中には、請求項1~4,6,8~10,15に対応する記載があるが、請求項2及び3に対応する部分に「触媒添加」なる記載は存在しないことをその主張の根拠として挙げる。
確かに、明細書本文にこのような各請求項と対応する記載を含めることはしばしば見られるところではあるが、発明の詳細な説明中の請求項2及び3に対応する部分に「触媒添加」なる記載は存在しないからといって、本件請求項2及び3の「触媒添加」が誤記であることが明らかであるとまで認めることはできない。
イ 原告は、本件明細書(甲第5号証)の実施例を含むその余の箇所にも、「触媒」について説明する記載がないことをその根拠として挙げる。
しかしながら、本件明細書(甲第5号証)の詳細な説明の項にも、「触媒添加」(14欄25行、19欄36行)との記載があることが認められるし、前記説示のとおり、実施例1として、米国特許第3,615,272号を引用した記載があり、上記米国特許の明細書(乙第1号証)を検討すると、そのEXAMPLE10には、ニッケル触媒(NiCl2)を含む水素シルセスキオキサン樹脂の存在が開示されているものであるから、原告の上記主張は理由がない。
(5) 原告は、本件特許と関連発明の特許明細書の比較に基づく主張をするが、本件明細書の記載を離れて、関連発明の特許明細書との比較を根拠とする原告の主張が理由がないことは明らかである。
(6) 以上、原告が主張する点を総合しても、本件請求項2及び3における「触媒添加」が誤って記載されたものと客観的にみられ、それが削除された記載が正しいことが本件明細書に接する当業者にとって一義的に明らかである、と認めることはできない。
4 結論
以上によれば、本件訂正は認められないとした審決の判断に誤りはないから、原告主張の取消事由は理由がない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)